本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 日本キリスト教史 > 現代日本のキリスト教

現代日本のキリスト教


進駐軍の占領政策


1945年8月15日の玉音放送で、昭和天皇がポツダム宣言の受諾が告げられ、8月17日に発足した新内閣は「一億国民総懺悔」を唱え、敗戦の責任を国民に問いました。そのように国民が未だに天皇の神聖化から抜け出せずにいた8月30日、アメリカからダグラス・マッカーサーがやって来ました。

マッカーサーは連合国軍最高司令官として日本を占領し、「人権指令」を出しました。これにより戦前から特別高等警察による弾圧の根拠となっていた治安維持法や宗教団体法は撤廃され、これらの法律によって有罪とされていた人々は獄から解放されました。

また教育機関による神社参拝行事は禁止され、ミッションスクールはそれまでの重圧から解かれました。教育勅語も廃止され、天皇の写真も撤去されました。連合国総司令部(GHQ)によってなされた矢継ぎ早な政策で、日本の非軍事化、民主化が急速に進められました。


日本国憲法の発布


このような政策の総仕上げが、1946年11月の日本国憲法の発布でした。天皇は国民の総意に基づく象徴となり、第9条には戦争放棄と戦力不保持、そして第20条に信教の自由の保障と政教分離が宣言されました。

「第二十条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」


マッカーサーとキリスト教


GHQの宗教政策は政教分離を建前としていましたが、アメリカ聖公会の熱心な信者であったマッカーサーは、日本が共産革命を免れ、民主化されるためにはキリスト教化以外の道はないとの信念を持っており、キリスト教の伝道に対して全面的な好意を示しました。

そのためGHQの意向を敏感に感じ取った日本の支配者層には、キリスト教に対する態度を豹変させる者が現れ、賀川豊彦が内閣参与に迎えられたり、無教会派の南原繁が東京大学総長に就任したりしました。1947年には新憲法に基づく初の衆参両院の総選挙がされたのですが、第一党となった社会党の総裁で、総理大臣に就任した片山潜と、衆議院議長を務めた松岡駒吉は、同じ教会に通う信徒でした。

同時に皇室もキリスト教に急接近し、国民の間にもキリスト教ブームが起きました。これはGHQの力を背景とした外部的要因だけではなく、敗戦による精神的空白にキリスト教が一定の答えを与えた内部的要因もあったと考えられます。


諸教派の再編成


宗教団体法に代表される政府の圧力によって成立した日本基督教団は、戦後転機を迎え、戦争責任を告白し、新たな出発をしました。また日本基督教団内に留まる必要性がなくなった諸教派は、教団を離脱し、自分たちの教派を再建しました。

1946年9月にまず日本救世軍が再建され、ロンドンにある万国本部との関係を回復しました。更に日本バプテスト連盟が離脱し、アメリカ本部の支援を受け再建。続いてルター派教会が離脱して、日本福音ルーテル教会を設立しました。そして1946年から50年代の初めにかけて、多くの教派が離脱して、それぞれが関係する海外宣教団体の支援を受けて教会を再建しました。

また終戦直後から、多くの宣教団体が欧米から新たに来日し、伝道活動を開始しました。


現代日本のキリスト教


浦上キリシタン流配事件が起り、明治期にプロテスタント教会に遅れをとったカトリック教会では、大正から昭和にかけて着実な発展を遂げていきました。そして終戦後は宣教だけでなく、教育、医療、社会福祉に力を尽くし、キリスト教ブームに乗って受洗者を増やしました。

1981年には教皇ヨハネ・パウロ2世が来日し、広島、長崎を訪れ、広島では平和アピールを発表して世界の注目を集めました。また著名な作家を輩出しました。遠藤周作、曽野綾子、加賀乙彦などで、彼らによって日本社会に深い影響が及んでいくようになりました。

プロテスタントでは、日本基督教団を離脱した福音派の成長がめざましく、総数では日本基督教団を上回るといわれています。その原因には、積極的な伝道活動と諸教派の協力体制が挙げられています。1980年にアメリカの有名な伝道者ビリー・グラハムを迎えて行われた国際大会では、求道決心者2万6千人を超える成果を収めました。

プロテスタントでも著名な作家が出ています。中でも三浦綾子や星野富弘は記念館もオープンし、来館者に力を与え続けています。

21世紀を迎え、世界でも宗教や教派を超えたエキュメニュカルな取り組みがなされていますが、日本でも同様の活動を見ることができます。また東日本大震災をはじめ、頻発する災害に支援の輪を広げ、様々な社会問題に対応するなど、キリスト教者の活動の範囲はますます広がっているということができます。




                               「日本キリスト教史目次」に戻る >>